〈霧灯〉再建のキーマン0
- 2026年5月21日 05:00|The Paper, コラム
小規模な自動車部品工場を世界的な自動車メーカーに育て上げたカリスマ経営者の本田宗一郎氏が、ナンバー2だった藤沢武夫氏とともに、ホンダの経営の第一線から退いたのは66歳の時。後任の社長に就いた河島喜好
小規模な自動車部品工場を世界的な自動車メーカーに育て上げたカリスマ経営者の本田宗一郎氏が、ナンバー2だった藤沢武夫氏とともに、ホンダの経営の第一線から退いたのは66歳の時。後任の社長に就いた河島喜好

やりたいことは大きく、ただ、一人ではこなせない。だからこそ周囲の協力が欠かせない―。座右の銘である「志大才疎」を自身に重ね合わせながら、新たな職場への思いを語る。近畿運輸局自動車技術安全部整備課長や

車好きが高じて中日本自動車短期大学に進み、整備士資格を取得。「昔は会話が苦手で、検査官なら黙々と仕事ができると思った」と笑う。ところが、キャリアを重ねるうちに人前で話す機会が増え、ついに業界を広く束

「支局の仕事はとにかく地道に。すべては安全に集約される」。判断に迷いが生じないように、こう書き留めたメモをデスクの上にいつも置いている。運送や輸送、タクシーの監査など、輸送行政の現場を幅広く歩んでき

自分の軸は「誠実に、一つひとつ丁寧にこなすこと」。着任して間もなく、業界関係者との意見交換の場を持ち、和歌山の人々で印象に残ったのが、穏やかな人柄だった。「県民性なのかもしれない」と目を細める。

「あきらめず取り組めば、何事も成し遂げられる」。そう言い切る姿に、運輸行政を歩み続けてきた「芯」の強さがにじむ。 大阪府出身。和歌山運輸支局勝浦海事事務所長や近畿運輸局総務部次長を歴任し、海事分野