ホンダと日産自動車の経営統合協議で話題となった台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業を中核とする鴻海科技集団(フォックスコングループ)。このほど電気自動車(EV)事業の説明会を日本で初めて開き、水面下の動きから、積極的に情報を発信する姿勢に転じた。この背景や業界の受け止めを追った。
9日、都内のホテルで開いたEV事業説明会で、コストと開発スピードを生かして受託生産事業を拡大する方針を明らかにした鴻海。EVバスなどを2027年に日本に投入することも表明した。設計や製造の委託元として、また同社が手掛けるEVの販売先として、日本市場に熱い視線を送る。
鴻海のEV事業を率いる関潤・最高戦略責任者(CSO)は、日産のナンバースリーの副最高執行責任者(COO)や日本電産(現ニデック)社長を経て23年から鴻海で働く。今回の説明会にも登場し、熱弁を振るった。
鴻海は、コロナ禍の巣ごもり需要や人工知能(AI)関連で業績が大きく伸びたが、コロナ禍前に売上高が伸び悩んだ時期もあった。19年に就任した劉揚偉会長兼CEO(最高経営責任者)は、EVやAI、半導体などで成長を狙う「3+3戦略」を掲げ、このうちEV事業では、電子機器分野と同様、受託生産の市場シェアで4割を目指す目標を打ち出している。
関CSOは、こうした鴻海の経営方針を説明しつつ、ICT(情報通信技術)関連の強みなどをアピール。鴻海傘下にあるシャープの音声認識技術なども紹介した。
鴻海はまた、日産との協業に水面下で意欲を示していたが、公式コメントを表明したのは2月に入ってから。日本企業との関係構築についての考え方などを説明する機会も設けなかった。こうしたこともあって「インベーダー(侵略者)か海賊のような誤解もある」(関CSO)。こうしたイメージを払拭する狙いも込めて、今回の説明会を開いたという。
関CSOは、昨年開かれたシャープのイベントでも、EVの取り組みの一端を話していたが、当時はホンダ・日産の統合検討が表面化する前で、今ほど鴻海への注目度は高くなかった。今回は自動車業界を中心に300人余りの聴衆を招き、本格的に情報発信を始めた形だ。メディアの取材にも積極的に応じ、鴻海の実像や戦略を語った。
関CSOは鴻海の強みについて、スピード感とコスト競争力を挙げる。企画から発売までの期間は2年以内というEV専業ならではの早さや、系列サプライヤーを持たない〝身軽さ〟も特徴だという。特に日本企業に向けては、台湾との地理的な近さに加え「じっくり考えて動く(日本的な)要素も理解しつつ、スピーディーに動く要素も持っている」と、親日で知られる台湾の文化的親和性をアピールすることも忘れなかった。
鴻海は、スマートフォンなどデジタル機器の受託製造市場で4割以上の世界シェアを持ち、24年の売上高は約6.8兆台湾㌦(約30兆円)を誇る。関CSOは「これは顧客の信頼の証(あかし)だ」と力説し、技術流出懸念などの払拭にも努めた。
自動車業界では、電動化や知能化への投資が膨らむ中、各国・地域の環境規制や市場ニーズにキメ細かく応えていく必要に迫られている。すでに開発面では「個社でやっていくのは厳しい」(ホンダの三部敏宏社長)と各社のトップは口をそろえる。製造面でも以前からOEM(相手先ブランドによる生産)供給はあるし、マグナ・シュタイヤー(オーストリア)のような車両受託製造企業もある。
EVに特化する鴻海は、EVを取り巻く不透明な事業環境も商機につなげようと、日本で一歩を踏み出す。