日産の内田誠社長(左)とホンダの三部敏宏社長。腰が引けているようにも見える?
東京モーターショー2017。華々しい未来を語った(メルセデス・ベンツのプレゼン)
日産「ブルーバード」(510型)
ホンダ「プレリュード」は1980年代の代表的なヒット車
著者近影

 自動車業界を知っている人の多くは、「ホンダと日産自動車が経営統合に向けた協議を開始することで基本合意した」と聞いて「上手くいかないのでは」と直感的に思ったかもしれない。果たして、どうなのか?

 ●日本の自動車産業のこと

 世界的に自動車産業は100年に一度と言われるほどの変化の時期を迎えている。そのきっかけは環境問題とITの進化だった。機械的な自動車も気が付けば、IT技術が無くては走れない。その延長で自動運転は加速度的に進化すると期待されたが、気が付くと20年以上前からそれほど進化していない。グーグルやアップル、その他も多くは頓挫した。

 電気自動車(EV)も話題先行でマジに取り組んだ企業は辛い思いをしている。しかし、今は地球的な温暖化を一般市民も実感するようになり、100年に一度どころかこれは地球始まって以来の大きな問題だ。地球的な温暖化対策を御旗に、これからはEVだと取り組んだ国や企業、またそれに追従しなきゃいけないと判断した企業が多かった。その中でイーロン・マスクのような知恵者がテスラを立ち上げた(二酸化炭素の排出権取引に目を付けて、早々に黒字化している)。

 EVは通常のコストダウンや量産効果だけでは、ICE(内燃機関)車並みのコストにはならない。また税金で補助金をばらまいても、実を結んでいないし結ばない。中国のEVは政府の後押しで販売台数を増やしているが、普及期に入る頃には伸び悩むかもしれない。

 だが、環境問題だけではなく自動運転を考えてもEV化は必要だ。キモは言うまでもなくバッテリーコストとその性能になる。

 ●監督官庁のこと

 監督官庁などという縦割りのお役所があるが、JAL(日本航空)の破綻騒動の時には主導して公的資金を投入したりして救ったが、国民は納得したようだ。しかし、シャープが経営危機の時には海外のメーカーが買収して、国民は落胆したようだ。

 日産も海外メーカーに買われたらさぞかし国民は落胆するだろう。日産ブランドが無くならなくても、海外のメーカーに買収されることだけは「避けたい」「見過ごせない」と日本の政府は思ったかも知れない。

 ●世の中はいつも弱肉強食

 そんな時期に、豹やトラが獲物を狙うように日産を陰から狙っている海外メーカーがあっても不思議ではない。日本人は概して「危機」に関して鈍感?かもしれないが、日産のように体力が弱ってくると、狙われても仕方ない。狙った方は周到に準備して攻める。

 しかし今の時代、SNS(会員制交流サイト)もあり世論は大切で、力づくで攻める訳にはいかない。無理せず、自然体でそうなったように仕向ける。秀吉の得意な戦略だ。

 ●日産のこと

 日産は「売るクルマがない」と言われるが、元々魅力的な商品を開発する仕組みからしてなかったように思える。高度成長時代に日産のブランドを大きく成長させたのは、プリンスで開発された技術と商品がベースになっていたように思う。確か昭和42(1967)年に発売し大ヒットした「510ブルーバード」(確証はないが元はプリンスのデザインや企画がベース?)は、驚くほどの数々の新技術と魅力的なデザインにより世の中に「技術の日産」ブランドを浸透させた。

 しかしその後、510ブルーバードを超えるような魅力的な商品は出ていないようだ。しかもラインアップ戦略はトヨタ自動車の戦略をなぞるもので、新技術やデザイン性に乏しく、柱となる商品を創れなかったように思う。

 つまり、日産にはユーザーの喜びにつながる魅力的な商品開発を行おうとする姿勢や仕組みがないのではないか?メーカーにとってブランドの柱をなすような、独自の魅力商品を開発し育てることは、生命線だ(バブルの頃は何でも売れたが)。

 それで、ゴーン氏を迎えることになるのだが、ここは微妙だが…。ゴーン氏は魅力商品を開発し日産ブランドを再構築するというよりも、投資や製造コストを抑える一方で高い販売目標を掲げ売り上げるという方法で体質改革を行い、とにかく経営は持ち直したが、追い出された。その背後に私利私欲の戦略があったのかどうかは分からないが…。

 とにかく、HV(ハイブリッド車)ではなくEVに舵を切った時点で、技術や商品のことをあまり考えない、分かっていないのでは?と私は思った。今の日産のあり様は、経営者が「クルマ創り」を理解しないままユーザーを向かず、お金目線で何とかやりくりしてきた結果ではないか?

 ●ホンダのこと

 ホンダは世の中のIT進化から先を見て、自動運転の研究開部門や1980年代にEVを造って北米で販売したり(あまり知られていないが)と、新技術・新商品にタイムリーに果敢に取り組む体質だった。つまり、秀吉流のなるべくしてなるという仕込み体質を大切にしていた。

 初代経営者の藤沢武夫がそういう人だったと思う。表層的な事ではなく、キチンと事の本質を捉え準備をし、必要ならなるべくしてなるように仕組みを仕込む。四輪創業前の早い時期に、自由闊達、文鎮組織…など多くの仕組みを研究所の独立という形で仕込んでいた。それがホンダイズムにつながり80年代に世の中をリードするヒット車を連発した。

 しかし、今のホンダは時代の変化をリードする仕組みがうまく働いているのか?外には見えてこない。3代目「フィット」のHV関連の構造でつまづいたり(リコール連発)、深く本質まで考えずにEV化を宣言したりと、世の中に流されている感じもする。

 藤沢武夫と本田宗一郎が造ったホンダイズムが世の中の流れとともに少しずつ薄れて行って、それに代わるものもなく、普通の会社と同じようになってきているのではないか?私は、水平的に協業したり、古いホンダイズムが無くなっても良いとは思うが、それらに代わる新しいホンダイズムが仕込まれないと、ホンダという企業の存続は無いように思う。

 5代目社長(1998~2003年)の吉野浩行さんはうまく言った。「二人三脚で走るより一人で走る方が速いに決まっている」。とにかくホンダは合弁や統合を控えてきた。しかし、今の世の中ではホンダも「一人」では走れなくなっているのかもしれない。繰り返しになるが、新しいホンダイズムが必要な時だ。流されてはいけない。ホンダは「第二の創業期」と言っているが期待したい。

 ●台湾の鴻海精密工業

 ここで、日産とホンダの統合検討関連の「推測話」をしたい。

 日本で鴻海はシャープを買収した会社として有名だ。現在ではEVメーカーを夢見ながら、その準備も着々と行っているとも言われている。当然、弱った日産に狙いをつけてもおかしくない。その動きを日本のお役所が知るところとなり、何とか外国企業からの買収は避けたいと考え、ホンダなどに声をかけた可能性はある。うまく統合できれば、ホンダのメリットも生まれる。(実はホンダも将来不安を抱えている)。ホンダは悩みぬいたが、事が切迫していて、一旦受けたのかもしれない。

 しかし、鴻海はその事を知っても急な動きは見せない。鴻海は、ホンダは二人三脚を嫌う会社なことから、腰がひけるのではないか?と当初から考えていたと思う。あるいは、万一ホンダが乗り出してくっ付いても、日産の病巣は深く大きくホンダには手が付けられず、きっとうまくいかない。それなら、その後に本格的に買いに出た方が、日本人の心象も良いし、なにより今より大幅に安く買える。

 鴻海は食欲旺盛ながら冷静だ。結局は、鴻海が買って日産ブランドだけは残るというパターンではないか?

 ●まとめ

 世の中=変化の時。お役所=面子。日産=自業自得。ホンダ=経営力不足。鴻海=食欲旺盛。下手すると、ホンダも食べられてしまう?

 日本、役所も企業もしっかりしろ!