ホンダは、次世代電気自動車(EV)「ゼロシリーズ」で高度な運転支援や乗員の意図を理解したインフォテイメントシステムの実現を目指す。キーワードは、人工知能(AI)を用いた「シームレス」だ。処理能力の高い最新のシステム・オン・チップ(SoC)技術を使い、AIとソフトウエアの力で安全性と快適性を一気に高める考え。思惑通りにいけばEVの差別化につながるが、膨らむコスト対策や〝仲間づくり〟など技術以外の課題も残る。
製造物責任(PL)や社会的受容性の観点から自動車メーカーの多くが自動運転「レベル3(条件付き自動運転)」に及び腰な中、ホンダは、社内外のAI技術を用い、レベル3の実用化を目指す。ステアリングから手を離す「ハンズオフ」だけでなく、周囲を注視しなくても済む「アイズオフ」を市街地や悪天候下でも実現したい考えだ。26年から市場投入するゼロシリーズでは、高速道路での渋滞中のアイズオフから始め、OTA(オーバー・ジ・エア)によるソフトの無線更新で機能を進化させていく。
レベル3は、動作条件を外れた場合はドライバーが運転を引き継ぐ必要があるため、開発の難易度が高い。ホンダは関連装置の国際基準に準拠した形で21年に「レジェンド」で世界初のレベル3を実現しており〝(システムが)人間よりも安全である〟と証明するノウハウを持つという。現在の先進運転支援システム(ADAS)は動作条件を外れた途端に〝レベル0〟になることが課題だが、電動事業開発本部BEV開発センターの中野弘二部長は「いかに急な変化を起こさずに自動運転をつなぐか(が重要)。途切れない自動運転や運転支援を目指す」と語る。
インフォテイメントでも、車内外の映像や声をAIが学習し、乗員の意図を理解しつつ提案する「超個人最適化」の実現を目指す。こうした進化の基盤となる車両構造、E/E(電気/電子)アーキテクチャーは、複数の電子制御ユニット(ECU)を1つの高性能品にまとめる「セントラル型」を用いる。
実現のカギを握るのがセントラルECUに搭載するSoCだ。ルネサスエレクトロニクスと開発契約を結び、20年代後半の搭載を目指す。ルネサスの最新「第5世代」SoCをベースに、ホンダが仕様を定めたAI半導体を追加搭載する。2千TOPS(1秒間に2千兆回の演算が可能)もの処理能力は、単純計算でソニー・ホンダモビリティ「アフィーラ」の2.5倍にあたる。
三部敏宏社長は昨年のCESで「SoCは独自でやりたいが、発売後、何年後まで先を見るかが課題だ」と語っていた。ソフトやAIの進化にシームレスに対応できるよう、拡張性を持った設計としている。省電力性能もレジェンドに搭載した半導体の50倍を目指すという。
ホンダは、ゼロシリーズ7モデルが出そろう30年度までに約10兆円を電動化や知能化に投じる。ソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV)の実装が軌道に乗れば競争力が増すが、思惑通りにいくかは予断を許さない。
米国ではトランプ次期大統領がEVへの税控除などの廃止を示唆するなど、電動車シフトが一時的に減速する可能性がある。技術の進歩や経済合理性だけでなく、各国・地域の政策やエネルギー価格もからむだけに、EVの普及ペースは誰にもわからない。
ホンダの場合、日産自動車との経営統合も電動化戦略にどのような影響を及ぼすか見通せない。SDVや電動化などでは三菱自動車を含めて協業するが、車載OSや電池、eアクスルの競争力を保ち続けるには、スケールメリットのさらなる追求が不可欠だが、まだ将来シナリオは見えない。
知能化で先行する米テスラや中国勢をマークしながら、ホンダはハイブリッド車(HV)や二輪で稼いだ収益で〝勝ち技〟を着々と仕込む。ただ、電動車の普及政策や通商環境、パワートレイン別需要の先行きは見通せない。巨額の先行投資を済ませた後、狙い通りにEV事業を〝離陸〟させることができるか。これからが正念場となる。
(中村 俊甫)