「東京モーターショー2009」の会場で、長男・章男氏(左)と並ぶ章一郎氏

豊田章一郎名誉会長は無口だったなあ、という思い出がある。社長、会長時代に都内の自宅に夜回りを重ねた。1991年、夜は専従の方のマッサージを受けていたことが多かったが、若造の対応もしてくれた。ただ、質問への答えは真っすぐ返ってこない。「これ食べる?」とガムを手渡され、拍子抜けしたこともあった。公式のインタビューでも同様だった。海外展開やバブルの追い風もあり業績は好調だったが、慎重だったのだろう。

思えば、豊田家の方々はみな無口だった。故豊田英二・元名誉会長はもっと無口で怖かった。章一郎氏の弟の故豊田達郎・元社長は、夜回りでの質問にはできるだけ答えようとしてくれるが「それは言えないですね」と物静かに話すことが多かった。モノづくりの家に生まれ、あまり多く話すことを良しとしない家風があったのだと思う。

章一郎氏がめずらしくきっぱり話すことがあった。92年夏の社長交代のことだ。「トヨタの人事は世襲ではない。幅広い経験と実績を認めて(達郎氏を社長に)決定した」。さらに「新社長(達郎氏)の下には一族の役員はいない。次の社長は豊田家以外になるでしょうな」と踏み込んだ。同族経営と言われ続けてきたことについて、腹にたまった思いをぶちまけた一瞬だった。

(編集委員 小山田 研慈)