BIPの全景

 ブリヂストンが東京都小平市に構える「ブリヂストンイノベーションパーク(BIP)」が、本格的に稼働を開始してから半年を迎える。老朽化した技術センターに約300億円を投じてリニューアル、他社との「共創」拠点として新たな価値創出に取り組む。コロナ禍でも計画を断行した背景には事業環境の変化による危機感がある。BIP設立に込めた思いや共創の取り組みから、同社が描く将来のモビリティ社会や成長戦略を探った。

 西武鉄道・国分寺線を小川駅で降り、東口から真っ直ぐ5分ほど歩くと、黒壁の「ブリヂストンイノベーションギャラリー」が現れる。タイヤの進化や開発中の技術まで、同社の取り組みを一挙に見られる、BIPの入り口だ。

 同社と小平市とのかかわりは1960年代に遡る。60年に東京工場での生産が始まり、福岡県の久留米工場から従業員約800人が移った。やがて社宅やスーパー、小学校までが建てられ「ブリヂストン村」が出来上がった。

 62年には隣接する形でBIPの前身となる技術センターを竣工。一般的に研究開発部門は生産最優先の工場と相容れない場合が多いが、両者の物理的距離を縮めることで協力して良い製品を生み出そうと取り組んだという。以来、ここを拠点に「断トツ商品」を目指して開発、ポルシェやフェラーリの純正タイヤにも採用されるなど、同社は名実ともに世界トップのタイヤブランドの座に就いた。

 しかし2010年代に入ると施設の老朽化も目立ち始め、時を同じくして同社の売り上げは中国など新興国のタイヤブランドのシェア拡大により伸び悩む。自動車業界が電動化や自動運転技術の進展など「100年に1度の変革期」に直面する中、同社は15年、東京工場のタイヤ生産を他所に移管し、イノベーション拠点を作る計画をスタートさせた。社内では今後50年を見据えた拠点を小平に作る意味から、「K50」というプロジェクト名が付けられた。

 BIPは17年に着工し、20年からの順次オープンを予定していた。ところが新型コロナウイルスの感染拡大により、20年4月には緊急事態宣言が発令。経営状況も厳しくなる中、投資継続の是非も議論された。

 ただ社会変化への対応は待ったなしで取り組む必要があり、地球温暖化や環境破壊といった事業活動の阻害要因は自社だけでは太刀打ちできない。「無理してでもやっておかないと、遅れたら社会の流れに追いつくことはできない」。石橋秀一グローバルCEOの大号令で計画は断行され、20年11月のギャラリー一般公開、22年4月の本格稼働にこぎつけた。

 BIPは他社との「共創」を目指す拠点だ。まずはギャラリーで同社の取り組みと理念に「共感」してもらい、オフィスを使って「共議」「共研」に取り組み、最終的に事業化し、新しい価値をともに「共創」するビジョンを描く。本格稼働後もコロナ第7波に襲われたが、夏以降は活気が戻りつつある。パートナー企業が同社のコア技術と製品を体感できる「オープンイノベーションハブ」は予約が取りづらい状況が続く。

 同社は欧州と北米にも研究開発拠点を持つが、BIPがタイヤ材料の研究を中心にした同社の技術開発をけん引する特別な役割を担う。将来予測が困難な「ブーカの時代」で勝ち続ける新たな製品や技術、価値を生み出そうと、BIPでは今日もパートナーとの議論と実験が続けられている。