内海舛一氏 山口日産元取締役相談役(1896~1993)

【あらすじ】「楽観から悲観に」-。日本も自動車の時代を迎えようとしていたが、内海氏の帰国した時期が最悪である。台湾で成功して意気揚々と日本に帰国したものの、戦後恐慌下の帝都東京の経済不況は深刻であった。なかなか思うような自動車関連の仕事には就けない。不本意だったろうが、東京での身元引受人だった音楽の先生を手伝い、映画館で楽器を演奏したほどだ。安定…