自動車関連のものづくり企業の一部で、ソリューションビジネスへの移行が本格化している。パイオニアは「ソリューションサービス企業」への転換に向けた資金を調達するため、地図事業を運営する子会社で「虎の子」と呼ばれたインクリメント・ピーを投資ファンドに売却することを決めた。ブリヂストンは世界中に展開している工場の4割を削減する一方で、ソリューション事業に重点投資する。持続的な成長に向けて、高収益が見込まれるソフトウエアに事業の軸足を移そうとしている。ハードウエアに依存するものづくり企業は大きな転換期に差し掛かっている。
「虎の子」の子会社をあっさりと売却
パイオニアが投資ファンドへの売却を決めたインクリメントは、カーナビゲーションシステム向け地図データの開発などを手がけている。他社に先駆けてヒット商品を生み出し、かつては名門企業と呼ばれてきた老舗のパイオニアだが、2018年度にカーナビの販売不振に加えて、自動車メーカー向けカーナビの開発負担が想定以上に増大、大幅赤字を計上して「継続企業の前提に疑義」が記載されるなど、経営危機に陥った。そこに支援の手を差し伸べたのが香港系投資ファンドだ。
この香港系投資ファンドがパイオニアのスポンサーとなった当時、大量の地図データを持つインクリメントが投資ファンドの本来の目的と噂されていた。自動運転時代にインクリメントが保有する地図データは、さまざまなサービスを展開する上で貴重な資源となるからだ。
しかし、今回パイオニアはそのインクリメントの売却をあっさりと決めた。売却の理由として挙げたのが、パイオニアとして今後の成長事業に据えるソリューションサービスを展開するための資金調達のためだが、もう一つ理由がある。それはインクリメントが手がけるのは地図での静的データにとどまるためだ。
車線数や交差点の停止線、路肩などのデータを収納する自動運転向け3D高精度マップは、自動運転の実用化が進むのに伴って市場の拡大が見込まれている。インクリメントが手がけるソフトウエアは、高精度マップの静的なデータだけだ。パイオニアが狙うソリューションサービスでは、道路工事や渋滞、信号情報などの動的に変化するデータがより重要となる。これら動的に変化するデータを人工知能(AI)で解析することが新たなモビリティサービスにつながる。パイオニアはインクリメントを売却して得た資金を活用してソリューションサービスの開発に投じる。
パイオニアは従来、カーナビやドライブレコーダーなどのハードウエアを販売するだけの売り切り型の事業を展開してきた。しかし、車載向けハード事業は、研究開発投資の規模が大きい割には競争も激しく利益率が低い。あらゆる産業で存在感を高めているIT大手は、サブスクリプションなどの手法を織り交ぜたソフトウエア重視の事業展開で高い収益を上げている。ハードウエア依存によって業績不振を招いた経験が身に染みたパイオニアは、ソフトウエアビジネスに一気に舵を切る。
サブスクで価格競争を回避
パイオニアがソリューションサービス転換に向けて先行したサービスがある。昨年11月に展開したドライブレコーダーのサブスクリプションサービス「ドライブレコーダー+」だ。毎月定額料金を支払うことで、通信型ドライブレコーダーを利用して事故などの緊急時、警察や消防への通報などの見守りサービスが付与される。
ドライブレコーダーは現在、安いものでは1万円を切るものから3万円を超えるものまで、さまざまな製品が販売されている。パイオニアにとってはサブスクリプションサービスによって価格競争に巻き込まれることなく、高い収益性を確保するソフトウエア重視の経営の試金石となる。
パイオニアはカーナビやドライブレコーダーといったハードウエアから動的データを収集する事業は引き続き展開するが、得られたデータを新しいサービスに活用していく方針で、売り切り型のビジネスモデルからの脱却を明確に打ち出す。
ものづくり企業からソリューションサービス企業への転換はブリヂストンも取り組んでいる。タイヤ販売で世界トップクラスのブリヂストンは2020年12月期に、69年ぶりの最終赤字に転落した。業績悪化を受けて策定した21年から23年までの新しい中期経営計画では「稼ぐ力の再構築」と銘打って業績悪化の原因となった主力のタイヤ事業で、生産能力削減などのリストラ策を打ち出す一方で、ソリューション事業を成長事業と位置付け投資を拡大する。
まずトラック・バス向けに一次寿命が終了したタイヤのトレッドゴム表面を一定程度削り、その上に新しいゴムを貼付けて加硫、再利用するリトレッドタイヤサービスや、メンテナンス付きでタイヤの使用を定額課金するタイヤのサブスクリプションサービスを展開する。これらの事業は安易な価格競争とならないことから利益率が高く、顧客も固定化できるメリットが見込まれる。
ソリューション事業を成長事業と位置付け、投資を集中する方針で、ブリヂストンの売り上げ全体に占めるソリューション事業の比率は19年実績が15%だったが、23年には20%に引き上げる計画だ。
サブスクリプションサービスなどのソリューションサービスは、IT大手が得意だ。携帯電話からスマートフォン(スマホ)に移行したのを機に、ソフトウエアが競争の軸となった。スマホのアプリケーションを使ったサービスがIT関連企業の収益の柱となり、収益率の低いスマホ本体を製造するメーカーは撤退が相次ぎ、市場での存在感は薄れていった。
自動車も将来的にスマホ化すると言われている。燃費性能や最高出力など、パワートレインなどのハードウエアでの差別化する範囲が小さくなり、代わって「クルマで何ができるか」というソフトウエアによるサービスが競争の軸となる可能性がある。電気自動車(EV)への参入が噂されるアップルが注目されるのも「アップルカー」を使って従来にはない新しいソリューションが展開されると期待されるからだ。点検・整備のサービスはあるものの、ほぼ売り切り型のビジネスがベースとなっている現在の自動車産業にとっては、アップルが脅威となる可能性がある。
低収益性に危機感を持つパイオニアやブリヂストンは、先行してソリューションサービス重視に転換する。電動化や自動運転で、自動車自体のソフトウエア化も加速する。さまざまなデータが集まりやすい環境となり、IT大手の存在感は益々高まる。ハードウエアに依存する自動車関連企業は、事業環境の変化に備え、戦略を転換する必要がある。売り切り型のビジネスに固執する自動車関連企業には淘汰の波が迫っている。
(編集委員 野元政宏)

















