改革進めるホンダ、本田宗一郎のDNAに切り込む 「第2の創業期」へ

  • 企画・解説・オピニオン, 自動車メーカー
  • 2020年10月20日

2020年4~6月期(第1四半期)の連結純利益が過去最高となる1兆2557億円を計上したソフトバンクグループ。今やAI(人工知能)や半導体、IT関連企業などに出資する巨大投資会社となったが、前身は孫正義氏が立ち上げたコンピューターの卸売事業を営むベンチャーだ。その後、パソコンソフトの卸・出版事業、日本でのヤフー(ヤフー・ジャパン)立ち上げ、通信事業、携帯電話事業へと、時代の変化とともに事業の軸足を移し、巨大化していった。

時代に合わせた企業の業態変化を最前線で主導してきた孫氏が、最も尊敬する起業家として挙げるのがホンダの創業者である本田宗一郎氏だ。町工場から世界的な自動車メーカーに成長させた異色の経営者である宗一郎氏の「DNA」を継承してきたホンダは「技術至上主義」や「自主独立」など、自動車業界の中では異端の存在として見られがちだ。しかし、100年に1度と言われる変革期を迎える自動車業界の中でホンダを率いる八郷隆弘社長は、宗一郎氏が遺した「ホンダのDNA」にも切り込む形で社内改革を断行しようともがいている。

心臓部の研究開発体制にメス

最初の大きな一歩となったのが、ホンダの心臓部とされてきた研究開発体制の改革だ。ホンダは4月1日付で、それまで本田技術研究所が手がけてきた四輪車の市販モデルの開発機能をホンダ本体に移管した。

ホンダは研究所が市販モデルを開発するという世界の自動車メーカーでも珍しい体制をとっていた。「成功は99%の失敗に支えられた1%だ」が持論の宗一郎氏は、技術者が周囲の雑音を排除して研究開発に専念できる環境が重要と考え、ホンダから新車開発部門を分離・独立させる形で研究所を発足させた。量産車や量産技術の開発を研究所が担うのがホンダの特徴で、この体制があったからこそ米国マスキー法に適合する世界初のエンジン「CVCC」や、可変バルブタイミングリフト機構を採用した「VTECエンジン」など、ホンダの競争力の高い技術の開発につながったとされる。自動車メーカー最後発のホンダがライバルに伍していくためには独創的な技術を生み出すことが重要と考える宗一郎氏の思いが詰まった研究所は、いわばホンダの「聖域」だった。

IT(情報技術)の進化や、環境規制の強化、クルマに対する人々の価値観などの変化によって自動車産業は地殻変動と呼べるほど激変している。ホンダが得意とするハイパワーなどのエンジン関連技術に対するニーズは低くなり、代わって電動化や、自動運転といった電気・電子技術が自動車技術の主役に躍り出ている。ホンダの開発体制の再編は、こうした自動車を取り巻く環境変化に対応するためだ。市販車の開発機能をホンダ本体に移管するとともに、開発部門を営業や生産、購買などの各部門と統合。エンジニアの独りよがりになりがちだったとされる新型車の設計・開発のやり方を、市場ニーズに対応した開発体制に切り替えた。研究所は自動運転やロボティクスなど、将来を見据えた先端技術の研究開発に専念する。

ホンダがこれらエンジン重視、技術至上主義から脱却しようとしているのにはもう一つ大きな理由がある。ライバルと比べても低い四輪車事業の利益率だ。ホンダの20年3月期の四輪事業の営業利益率は1.5%。二輪車事業の営業利益率13.9%と比べてかい離しており、ライバル自動車メーカーと比べても営業利益率の低さはここ数年のホンダの経営課題となっている。

F1撤退、環境技術に経営資源集中

原因の一つが、八郷社長の前任の伊東孝紳氏が、世界6極で個別に新型車を開発・生産し、世界販売600万台を目指す拡大戦略を掲げたことだ。しかし、想定通りに販売が伸びず、経営効率の悪化を招いた。八郷社長は四輪事業の利益率を向上するため「売れるクルマを効率よく開発・生産する」方針に転換、販売目標600万台の旗も早々に降ろした。

次に手を付けたのが四輪車開発体制の改革だ。研究所で量産車や量産技術を開発し、設計図をホンダ本体に販売するやり方は非効率になっていた。宗一郎氏に憧れてホンダの門をたたいた若手エンジニアなどの反発は覚悟した上で「聖域」に踏み込み、研究所から量産車開発機能を取り除いた。

さらに、ホンダはフォーミュラ・ワン世界選手権(F1)参戦を21年シーズンに終了することも決めた。ホンダは「観衆の目前でしのぎを削るレースこそ、世界一になる道だ」との宗一郎氏のレースに対する熱い思いから積極的にモータースポーツ活動に取り組んできた。真剣勝負の場であるレースが技術力や開発力、人材を育ててくれると信じていたからだ。中でも、四輪車レースの最高峰であるF1には強いこだわりを持ち、業績悪化などによる撤退と再開を返してきた。現在は4回目の参戦で、ようやく昨シーズンからトータル5勝し、これからという矢先に撤退を決めた。

八郷社長がF1撤退の理由として挙げたのが、電動化などの環境技術に経営資源を集中することだ。F1は年間数百億円の経費が必要とされており、これらのコストとエンジニアを将来のパワーユニットやエネルギー関連技術の開発に振り向けなければ生き残れなくなるとの危機感がある。F1を通してエンジン技術を磨くことがホンダのブランド力向上や、事業の成長に結びつかなくなっていることも、業績が危機的状況ではないにも関わらずF1撤退を八郷社長に決断させた。

ホンダは自主独立路線からの転換にも大きく舵を切っている。ダイムラーとクライスラーが合併するなど、90年代後半から2000年代にかけて自動車メーカーの合従連衡が繰り返される中でも、「孤高のホンダ」と呼ばれるほどホンダは他社と距離を置いてきた。それがここにきてゼネラル・モーターズ(GM)に急接近している。

GMとホンダの表立っての提携は、00年にホンダがGM向けにパワートレインを供給したのが最初。その後、GM子会社のオンスターが展開する車載通信サービスを北米のホンダ車とアキュラ車に採用したが、それ以降、両社の関係が深まることはなかった。進展したのは13年だ。両社は燃料電池(FC)システムの共同開発で合意、17年にはFCシステムを生産する合弁会社を米国に設立することを決めた。

さらに翌18年にはGMの子会社でドライバーが無人の自動運転ライドシェアサービス事業の展開を目指すGMクルーズに、ホンダが約7億5000万ドル(約788億円)出資するとともに、ライドシェア専用自動運転車開発での協業も決めた。電気自動車(EV)向けバッテリーコンポ―ネントの共同開発や、20年にはGMが開発したEV2車種を、ホンダがOEM(相手先ブランドによる生産)供給を受けて北米市場に投入することで合意するなど、提携を拡大している。

そして今年9月、両社は北米市場で販売するガソリンエンジンやプラットフォームの共通化を検討することに合意した。これまでのホンダとGMの提携は自動運転や電動化といった高水準の投資が必要な先進的な技術分野に限られていたが、新しい提携事業はエンジンやプラットフォームといったホンダの現在の基幹事業の領域だ。

00年のGMへのエンジン供給で合意した際、一部報道で「ホンダがGM傘下へ」と報じられると「エンジンを販売することが傘下に入ることになるのか?」(ホンダ幹部)と激怒したほど、かつてのホンダは独立意識が強かった。GMと資本提携こそ結んでいないものの、両社の結び付きは強まっている。

ゲームチェンジ進む自動車業界

ただ、ホンダも一貫して独立独歩の道を歩んできたわけではない。1979年にホンダはローバーの前身の企業と資本提携した。94年にローバーを買収する直前、ローバーのオーナー会社が突如としてBMWにローバーの株式を売却、ホンダはローバー買収に敗れた。ホンダとローバーの提携は解消され、ホンダの欧州戦略は大幅な見直しを余儀なくされた。この時の苦い経験が、技術も市場も他社に頼らない自主独立路線にホンダを走らせたと言われる。

しかし、自動車のトレンドである電動化や自動運転、コネクテッド技術など、新しい分野を、他社に後れることなく、自動車メーカーが単独で対応していくのは不可能だ。100年に1度とされる自動車業界の変革と危機感に背中を押される形で、ホンダも他社との連携にオープンになりつつある。

ホンダの脱・自前主義はGM以外でも加速している。19年3月にはトヨタ自動車とソフトバンクが共同出資して設立したMaaS(サービスとしてのモビリティ)事業を推進するモネ(MONET)テクノロジーズに資本参加した。今年1月にはいすゞ自動車とFC大型トラックの共同研究で合意している。

世界的な環境規制の強化や、電子技術を活用した先進的な安全技術に対するニーズの高まり、デジタル技術を活用した新しい自動車関連ビジネスの創出など、自動車を取り巻く環境は大きく変化している。これらに対応しなければ生き残れないとの見方は強まっている。EV専業のテスラが自動車メーカーの時価総額トップになっていることが、こうした動きを象徴しており、既存の自動車メーカーはクルマを造って売るだけのビジネスモデルからの脱却を迫られている。

こうした状況に強い危機感を抱いているのがホンダの八郷社長だ。量産車の独特な開発体制を改め、ホンダブランドの象徴でもあったF1からの撤退も決定した。GMをはじめとする他社ともオープンに連携する。ホンダが築いてきた過去のこだわりや特徴を切り捨て、新しいホンダに生まれ変わるための施策を次々に打ち出しており「第二の創業期」に入ろうとしているように見える。

町工場だったホンダが単独で世界的な自動車メーカーに成長したのは、独創的で競争力の高い技術へのこだわりなど、宗一郎氏のDNAが社内に脈々と受け継がれてきたことによるところが大きい。一方で、今後の技術の主流となる電気・電子技術を多用するEVや自動運転は、他社と差別化するのが難しいとされる。次世代技術ではITなどの異業種やスタートアップ企業などが有力な技術を持ち、競争環境も従来と異なってくる。

「ゲームチェンジ」が進む自動車業界でホンダが生き残るためには、技術至上主義や自主独立路線から脱却するだけでなく、ソフトバンクのように業態が変わるほどの"化学変化"が必要だ。激変する自動車業界の中で、ホンダが何を特徴とするのかは見えてこない。「ホンダらしさ」を早急に打ち立てることが求められる。

(編集委員 野元政宏)

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