トヨタの自動運転ソフト開発会社が背負うもう一つの重要なミッション

モビリティカンパニーに変われるか?

  • 自動車メーカー, ものづくり・新技術
  • 2019年12月23日

トヨタ自動車グループの自動運転用ソフト開発会社のトヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント(TRI-AD)の新しいオフィスが本格稼働した。お膝元である名古屋地区では集めることが難しいIT関連のエンジニアを多数確保するため、今年3月に竣工したばかりの東京・日本橋の「日本橋室町三井タワー」の16~20階に設けた。人工芝に囲まれたスペースに置かれたハンモックやマッサージチェアなど、エンジニアがフレッシュなアイデアを生み出せるよう環境に配慮した。TRI-ADの役割は、IT系の人材確保だけが目的ではない。ものづくり企業が、古い体質を脱皮して「モビリティカンパニーになる」ための重要な使命を帯びている。

2018年3月にトヨタ、デンソー、アイシン精機が出資して設立したTRI-ADは今年7月に新オフィスに移転した後も整備を続け、全面的に完成したことから12月17日に関係者と報道に公開した。多様な社員が多彩なインスピレーションを創出するための工夫を凝らしたという。

エントランスには縦3メートル×横30メートルの巨大スクリーンと3Dサウンドを備える。社員は立ち乗り電動二輪車などのパーソナルモビリティを使って、オフィス内に整備した1周200メートルの「道」を使って移動できる。掘り炬燵式で畳が敷いてある会議・打ち合わせスペースや、4つのレストランとベーカリーが並ぶフードストリート、卓球台になるテーブルを備えたカフェ&ラウンジなど、従来のものづくり企業のオフィスには見えない。米国シリコンバレーにあるIT企業のようで「エンジニアの感性を刺激できる場」(虫上広志COO)を目指した。

TRI-ADが日本橋にオフィスを構えたのはIT系の人材を確保するためだ。現在の人員体制は社員が450人、契約社員が200人の合計650人体制。社員のうち、360人はトヨタ、デンソー、アイシン精機の出向者で、新たに採用した90人のうち、半分以上が外国人となっている。ジェームス・カフナーCEOは「ソフトウエア分野のトップタレントを世界中から集めるためには素晴らしい環境が必要」と話す。オフィスは最大1200人が働けるキャパを備えており、今後も積極的にエンジニアを採用していく構えだ。

TRI-ADが東京都心に新たに完成した高層ビルにオフィスを構えたのは、多数のIT系エンジニアを確保して自動運転用の複雑なソフトを短期間で開発するためだ。トヨタはオーナーカー向け自動運転と、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)などで活用する完全自動運転のサービスカーの開発に取り組んでいるが、両方とも安全、安心な自動運転車を開発するためにはソフトがカギとなる。ソフト分野に強いエンジニアを集めることは、競争力の高い自動運転を開発できるか大きく左右する。

ただ、目的はそれだけではない。トヨタ系エンジニアの意識改革が隠されたもう一つの大きな狙いだ。

TRI-ADではIT分野のソフト開発で主流となっている「アジャイル開発」を導入する。アジャイル開発は、おおまかな仕様や要件だけを決めて実装とテストを繰り返す開発手法で、開発途中の仕様変更や仕様の追加にも柔軟に対応でき、開発期間を大幅に短縮できる。スマートフォン向けのソフトやアプリ開発では、技術の進化が早いため、開発途中に仕様が変更された場合でも柔軟に対応できるアジャイル開発が採り入れられている。

TRI-ADは、アジャイル開発の中でも、チームがソフト開発プロジェクトを管理する「スクラム」型を採用しており、8人で構成するチームがソフトの実装とテストを繰り返す。チーム内のコミュニケーションが重要になるため、オフィスのデスクはハニカム構造のレイアウトを採用している。

また、TRI-ADはアジャイル開発をスムーズに導入するため、プログラミングのプラットフォーム「Arene(アーリーン)」を独自開発した。シミュレーションとも連携しており、これらツールを活用して実装とテストを繰り返し、コンセプトから実装までの期間を短縮できる。これらのツールを活用して、自動運転と手動運転を切り替える際のユーザーインターフェース/ユーザーエクスペリエンスのソフトを開発している。

一方で、製造業のソフト開発は、最初から仕様や要件、開発工程をきっちりと決めてスケジュールに沿って開発するウォーターフォールと呼ばれるスタイルが主流だ。典型的なのがほとんどの日系自動車メーカー、サプライヤーが採用している「モデルベース開発(MBD)」だ。自動車のソフト開発は納期が厳格に決まっており、開発を計画的に一歩づつ前に進めて品質を確保するのに適している。ただ、進化のスピードが早い自動運転向けソフト開発にウォーターフォールで開発していては、周回遅れになる可能性がある。それでも、開発の途中で仕様が変わり、開発プロセスも手戻りするアジャイル開発に否定的な製造業は多く、トヨタグループでもまったく浸透していない。

TRI-ADにはエンジニアを教育する「Dojo(道場)」も設けており、社員に効率的で柔軟な考え方などを訓練する。カフナーCEOは「ハードウエアの高効率生産方式であるTPS(トヨタ生産方式)を、TRI-ADはソフトで実現する」としている。まず出向しているトヨタ、デンソー、アイシン精機のエンジニアに、ソフト開発での意識改革を促す。TRI-ADで実績を示し、トヨタグループ全体に拡げていく方針だ。IT化が加速する自動車開発でライバルに遅れないためにも、TRI-ADに課せられたミッションは重い。

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