「交通安全マナー教育が徹底されておらず、交通事情は劣悪です」。外務省の海外安全ホームページに記載されているベトナムの交通事情に関する一文だ。ベトナム旅行のガイドブックなどを見ても同様の記載が目立つ。
実際、現地では通行区分や各種規制を無視したバイクやクルマの走行が至る所で見られる。日本の「歩行者優先」や「直進車優先」といったルールは通用しない。例えば、歩行者が横断歩道を渡る際も、バイクは一時停止することなく歩行者の前後を行き交う。一部のクルマは歩行者に対して警音器を鳴らし、急かしたりする。
ベトナムのジャーナリスト曰く「横断歩道を渡る時は、突っ込んでくるバイクに驚いて止まったり、引き返すと逆に引かれる。横断歩道では気にせず直進した方が良い」と当然のように話す。ジャーナリストの言葉の真偽は不明だが、日本の交通ルールやマナーとのギャップは強く感じた。
また、ベトナムでは大型車が優先される慣習がある。現地でも直進するバイクや乗用車を制してトラックが右左折する姿を何度も見かけた。
加えて現地では、日本と比べて信号機や道路標識が少ない。そもそも交通ルールを守って生活できる環境が整っていないのかもしれない。
道路の状況は、空港周辺や主要都市の幹線道路は整備されている。ただ、歩道や1車線道路、一方通行などの道路は凹凸が目立ち、悪路もある。
クルマが増加していることもあり、ホーチミン市内でも多数の道路工事を見かけた。ある歩道の工事では、重機や施工機械はほとんど使われておらず、ほぼ手作業の人海戦術で行われていた。欧米系の旅行者が物珍しそうに覗き込んでいた。
ベトナムの新車販売台数は、2016年の30万台から19年には40万台に達し、24年は49万台を超えた。販売台数は右肩上がりだが、“劣悪な交通事情”の改善は進んでいない。実際に死亡事故は増加の一途を辿っており、24年の交通事故死者数は、21年比約2倍となる1万944人で、日本の交通事故死者数の4倍以上となった。
こうした状況を受け、ベトナム政府は1月から歩行者、クルマ及びバイク運転者の違反行為に対する罰金を変更。金額を従来比約10倍に引き上げた。また、現地では政府や企業、各団体が連携して、交通安全意識の向上を目的とした交通プログラムなども実施している。
モータリゼーションが進展する過渡期において、“交通戦争”は避けては通れない側面もある。一方で、継続的な自動車の普及・拡大には、安心安全なモビリティ社会の実装も不可欠となる。
親日国でもあるベトナムの経済発展をこれまで支えてきた日本。さらなる成長が見込まれるベトナムのモビリティ社会の進化にも、役立てることはまだまだ多そうだ。
(梅田 大希)