1980年代以前に生産された「旧車」が世界各地で人気を集めている。現在の新型車と比べ性能や機能が明らかに劣るものの、こうしたハンディをものともせずに愛され続けている。新しい時代の流れを創り出した古い名車たちの魅力を振り返る。
メルセデス・ベンツが高級車市場に一石を投じた「450SEL6.9」(通称シックス・ポイント・ナイン)がデビュー50周年を迎えた。同社の高級セダン「Sクラス」(W116型)の最上位車で、ショーファーカー「W100」シリーズに搭載されていた排気量6.9㍑のV型8気筒ガソリンエンジンを搭載したことが特徴。重量が重いW100用に設計された大排気量エンジンを、それよりも小柄な車体に搭載することで〝走りの高級車〟という新ジャンルを確立した名車である。その性能の高さは、F1(フォーミュラワン)グランプリのチャンピオンらがプライベートで移動の足に選んだことにも裏打ちされる。
W116シリーズは、メルセデスが最上級セダンに初めて「Sクラス」の名称を冠したモデルで、1972年9月にデビュー。1974年に「450SE」が「欧州カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞するなど、数々の賞を獲得した。
そして1975年5月に、シックス・ポイント・ナインが最上位モデルとして追加された。最高時速は225㌔㍍、発進から時速100㌔㍍までの加速時間は7.4秒と、当時の高性能スポーツ車に匹敵する走りを誇った。報道陣は70年代の〝最も速い車〟の一台として評価し、紙面を「世界最高の車」「世界最速のセダン」といった見出しで飾った。外観では、フロントグリル下部の三日月型エアディフレクターやワイドタイヤ(215/70VR14)、大型デュアルエキゾーストパイプなどで高性能車であることをアピールした。
1975年当時としては非常に先進的な装備が標準化された。それらはエアコンやドア集中ロック、クルーズコントロール、パワーウインドー、ヘッドランプワイパー、ベロア生地の内装、前後席の巻き取り式シートベルトなどだ。さらに電動サンルーフ(987・9㍆)、自動車電話(1万3542㍆)がオプション設定された。
エンジン「M100E69」は排気量6834ccで最高出力が210㌔㍗(286馬力)/毎分4250回転、最大トルクが550ニュートン㍍/同3千回転。回転域を問わず大きなトルクを発生する扱いやすい特性だった。メンテナンス性を高めるため、油圧式バルブクリアランス調整機構、新開発のシリンダーヘッドガスケット、エンジンオイルのドライサンプ潤滑方式などを採用した。変速機には強化型の3速オートマチックを搭載した。
車体はホイールベースがベース車よりも100㍉㍍長いロングボディー仕様で、これにより後部座席の居住性を高めた。ハイドロニューマチック式サスペンション(気体バネと油圧機構を組み合わせたサスペンション)によって車高を一定に保つなど、快適性と旋回性能を両立する足回りに仕上げた。
75年2月から80年9月にかけて7380台が生産された。76年1月の現地基本価格は6万9930㍆。W116シリーズのロングホイールベース仕様のエントリーモデル「280SEL」の2倍以上もした。日本での新車価格は、当時の国産高級車の数倍となる900万円超だった。
クラシックカー市場では高い需要が続いており、取引相場が上昇している。専門誌の調べによると、状態が非常に良好(グレード1)な車両の相場は2015年が5万 ユーロ 強(当時の為替レートで約675万円)だったが、25年には8万 ユーロ (約1300万円)を超えた。極上車は9万 ユーロ (約1500万円)以上で取引されたケースもある。
メルセデスは良質な中古車が見つかった場合には「迷わず購入すべき」と助言する。理想的には「正規ディーラーなどの整備・修理履歴が確認できる車両が望ましい」(メルセデス・ベンツ・ヘリテージのセールス&マーケティングマネージャー、パトリック・ゴットヴィック氏)ともする。
現在は同社の「クラシック純正部品部門」がエアコンスイッチやステアリングボックスなど豊富なスペアパーツを用意。エンジンオーバーホール用の主要部品も継続的に再生産しており、安心して長く乗れるようサポートには抜かりがない。