電気自動車(EV)の設計や生産を受託する「CDMS(設計・製造受託サービス)」事業を日本で本格化させる台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業。CDMS事業の説明会を日本で初めて開いた背景には、同社に対する警戒感や誤解を解き、事業の姿勢を丁寧に伝える狙いがある。EV市場の変調や、米通商政策を踏まえ、自動車各社が柔軟な対応を求められることも〝追い風〟と見込む。自動車業界への浸透を図る一歩となるか、注目される。
EV事業の最高戦略責任者(CSO)で、元日産自動車ナンバースリーでもあった関潤氏は、日刊自動車新聞の取材で、今回の事業説明会について「鴻海は、スマートフォン生産やシャープへの支援などで認知度はあるが、会社の全体像、またEV事業で何をしようとしているか、日本できちんと伝わっていない。インベーダー(侵略者)や海賊のような誤解もある」と指摘。「真摯に取り組んでいることや、その能力を広く知ってもらうことを目指した」と狙いを説明した。
関氏は同社の事業モデルについて「EVなので、エンジンという参入障壁がない。過剰生産能力や系列サプライヤー、時代遅れの技術といった『負の遺産』もない」と、しがらみのなさを強調。さらに「ICT(情報通信技術)のバックグラウンドがあり、ソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV)やコネクテッドカーといった『車輪のついたスマホ』に対応できる。決断が早く、方向転換をためらわないといった企業文化も強みだ」と説明した。
電動車開発のポイントでもある電気/電子(E/E)アーキテクチャー(構造)や車載電池、半導体などではエレクトロニクス企業としての強みを説明。「リードタイム、コストは非常に自信がある」とも語った。
関氏はまた「従来、自動車メーカーがオーダー(注文)をつけ、それで部品も高くなる。だが経験的に言って、自動車を部品に合わせた方が車は安くなる。サプライヤーから『自信があるのでこのまま使ってほしい』といった推奨があれば、それを使えるようにしていきたい」と、サプライヤー業界との関係構築にも意欲を示した。
外部との協業では「M&A(企業の合併・買収)で強化するようなミッシングパーツも多々ある」と可能性を示唆した。ただ、例えば日産との関係構築なども「(鴻海は)紳士的に臨む企業だ」と語った。かつてトップを務めたニデックも念頭に置いてか「合意なきTOB(株式公開買い付け)をするといった企業ではない」と冗談交じりに強調した。
日産との関係では、「エスピノーサ新社長は日産時代の直属の部下で非常に信頼できる」とした上で「先方(日産)が何を望まれるか(による)。我々のコアビジネスはCDMSだ。その形でいいとなれば出資はしないし、もし『出資して欲しい』ということであれば当然、検討する。工場などの設備取得もオプションになりうる。それはどの企業とのパートナリング(外部連携)でも同様だ」と語った。その上で、独ZFとの協業については「シャシーの〝手の内化〟は順調に進んでいる」とし、また米エヌビディアについても「重要なパートナーで顧客でもある。デジタルツインの技術はEV工場でも活用していく」とした。
EV市場の変調についても「追い風になる」との見方を示した。自動車各社が規制対応と自社の商品戦略を踏まえ、電動化の投資判断を再考するといった状況が、顧客の獲得につながると展望した。また、EVバスが日本で採用されるとの見通しも明らかにした。
【用語解説】CDMS(Contract Design&Manufacturing Service)
直訳は「契約型デザインと製造サービス」。EMS(電子機器の受託生産)の自動車版とも言えるが、EMSは一般に顧客が開発した製品を組み立てる事業を指すのに対し、CDMSは開発領域やサプライチェーン(供給網)の管理などまで踏み込んで顧客の要望に応じる事業モデルと言える。
鴻海はパソコンやスマートフォン、データセンター関連などICT分野の受託生産が本業。米アップル「iPhone」を手掛けることでも知られる。2019年、次世代の成長分野の一つとして、EVへの参入を発表。EVプラットフォーム「MIH」のコンソーシアム(企業連合)もつくり、中長期にEV生産の世界シェアでICT機器に匹敵する4割前後を目指している。関氏は23年に招へいされた。
(編集委員・山本 晃一)