5月30日に4社が都内で行った記者発表での様子

 トヨタ自動車とダイムラートラック(以下ダイムラー)、日野自動車、三菱ふそうトラック・バスの4社が2024年末までに日野と三菱ふそうを経営統合することで合意した。トヨタとダイムラーが同じ割合で出資する持ち株会社を新設し、日野と三菱ふそうがその完全子会社になるというものだ。ダイムラーからトヨタに提案されたというこの提携。トヨタとダイムラー、日野と三菱ふそうという組み合わせに驚きが広がった。

 合意内容によれば、日野と三菱ふそうのブランドは維持する一方、開発、調達、生産は共同で行う体制にする。持ち株会社は東京証券取引所と名古屋証券取引所に上場し、市場からも資金を集める。5月30日の発表の時点で新会社の名称、所在地などは未定だ。体制や協業の範囲も含め、24年3月期中に最終契約を締結するとしている。

 数カ月前から始まったという今回の提携交渉は、ダイムラー側がトヨタに提案したという。グローバルな大型車メーカーとしては世界一の規模を持つダイムラーにどのような事情があったのか。

 ダイムラーは旧ダイムラーが商用車部門を分離・独立させ、19年に設立した。21年12月にはフランクフルト証券取引所に上場。乗用車専業となったメルセデス・ベンツグループが親会社であるものの、出資比率は35%に低下している。

 旧ダイムラーが乗用と商用とで会社を分けたのは、それぞれ専業メーカーとなることで、経営の意思決定を迅速化するためだ。自動車産業は電動化、コネクテッド化、自動運転など、自動車そのものを一から定義し直すほどの大きな変革期にある。乗用車と大型トラック・バスを同じ会社で運営するメリットは薄まっている。

 商用車専業のダイムラーが19年に掲げたのが、39年までに欧州、日本、北米で販売するトラック・バスをすべてゼロエミッション車(ZEV)にするという計画だ。

 ダイムラーは三菱ふそうの「eキャンター」を手始めに、電気自動車(EV)の品揃えを広げている。22年には長距離輸送用の大型EVトラック「eアクトロスロングホール」を発表。航続距離を500㌔㍍に延ばし、充電時間も短縮したこのモデルは、24年の生産開始を計画している。だが、走行距離が往復500㌔㍍を超える場合、航続距離を確保しようとすると電池の重量が重くなりすぎるという問題がある。

 そこで力を入れているのが燃料電池(FC)だ。ダイムラーは22年、メルセデス・ベンツブランドのFCトラック「GenH2」の試作車を発表した。エネルギー密度の高い液体水素を使い、航続距離1千㌔㍍を確保するもので、20年代後半の量産を目指している。

 ダイムラーがFCを強化する背景には、50年のカーボンニュートラル実現に向け、水素の技術力を強化し、水素市場をけん引するというドイツ政府の国家戦略がある。21年にはライバルのボルボとも提携しFCの合弁会社を設立、20年代後半のFC量産を目指している。また水素ステーション整備のため、BMWやフォルクスワーゲンといった乗用車メーカーとも協力している。

 そのダイムラーが今回の提携発表で強調したのは、やはり水素の推進だった。象徴的だったのは、マーティン・ダウム最高経営責任者(CEO)が会見中に口にした本国ドイツの技術者の反応だ。「このニュースを数時間前に聞いたエンジニアから早速、『待ち切れない』というポジティブなフィードバックが来た。これこそが自動車業界に対し、大きな変化をもたらすことができる」とダウム氏自身が興奮気味に語った。

 ダウム氏はトヨタのコンパクトなFCを欧州向けバスに搭載している事例を挙げながら、「水素エンジンのバスも考えられる。これから何年もかけ、さまざまなことが考えられる」と水素エンジンにも触れた。

 水素を直接、エンジンで燃やす水素エンジンは、金属の水素脆化やFCに比べ効率が低いといった技術的な課題があるが、高価なFCシステムを使わない水素の活用法として注目されている。トヨタはレースで水素エンジン車を走らせるなど研究を進めており、5月には液体水素で車両を走らせ耐久レースを完走した。

 ダウム氏が唐突に水素エンジンに言及した理由は定かではないが、トヨタと協力し、水素を推進したいという明確なメッセージだ。

 ダイムラーには規模の確保という課題もあるという。ダイムラーは主力の欧米や日本に加え、インド、東南アジアでも販売し、各国の環境政策やエネルギー事情、小型から大型までの用途に合わせたパワートレインを用意していく必要がある。ダウム氏は、「ダイムラーの強みは重量車で、小型は規模が小さい。(提携は)スケールを拡大して技術開発を促進する良い方法だ」と述べ、日野と三菱ふそうの経営統合は、特に小型トラックの効率化を狙った経営統合であることを示唆した。

 足元の状況として、三菱ふそうが属するアジア部門「ダイムラートラックアジア」の利益率は低下している。同部門の22年販売台数は15万5千台と前年比8・8%増加しながら、利益率は2・6%と前年の7・2%から大幅に低下した。一方、日野は世界販売の半数に当たる6万9千台(23年3月期)をアジアが占める。両社合わせたアジアの販売は20万台の規模になり、日野にとっても協業の効果が見込まれる。

 提携はこうした状況のダイムラー側の提案に対し、日野の将来に悩んでいたトヨタがタイミング良く乗ったというのが流れとみられる。トヨタは日野を経営面で支援するため01年に子会社化し、何代にもわたり社長を派遣してきた。しかし、車両サイズも用途も台数規模も異なる乗用車と大型車のビジネスは異質で、本来、乗用車ビジネスの知見を生かせる部分は多くない。そこへエンジン認証不正問題が発覚し、日野は23年3月期に過去最大の最終赤字となった。トヨタの佐藤恒治社長が会見で語った「われわれが日野を支えていくのは正直限界」という言葉に実情が表れている。

 日野はエンジン認証不正からの建て直しを図っている最中だ。米国や豪州での訴訟リスクもある。それでも提携先に選んだことについて、三菱ふそうのカール・デッペン社長は「魅力的だったのは純粋な商用車メーカーであること。同じ課題に直面しているからこそ将来の発展、脱炭素化へ一緒に取り組んでいけると感じた」とし、将来課題の方がより大きいことを強調した。

 日野と三菱ふそうという組み合わせが意外だったのは、トヨタが中心になり21年4月に設立した商用車の技術企画会社、コマーシャルジャパン・パートナーシップ・テクノロジーズ(CJPT)があるからだ。CJPTは豊田章男トヨタ会長(当時社長)の主導で、ライバル同士の日野といすゞを引き合わせ、3社共同出資で設立した(現在はダイハツ工業、スズキも出資)。この際、トヨタはいすゞへの出資を復活させ、いすゞも同額でトヨタ株を取得している。

 CJPTでは小型トラックのEV・FCV、電子プラットフォームの開発に共同で取り組むとし、3社のコネクテッド基盤をつなぐ構想もある。ただ、日野は不正問題を理由にこの枠組みから除名されている。三菱ふそうも今のところ参画への意思を明確にしていない。日野・三菱ふそうの経営統合で、いすゞが宙に浮いた状態になれば、日本の物流課題を共に解決するという枠組みがゆらぐ。

 ダイムラーは提携により水素技術を推進するとともに、東南アジアでの競争力向上に期待をかけている。一方で、「新会社は日本の会社」(ダウム氏)と強調した。それならば、新会社は少子高齢化やドライバー不足など、国のインフラを担う産業として、日本の輸送課題の解決を第一に置くべきだろう。国内には電動化の勢いに乗る中国メーカーに需要を独占されている商品領域もある。そうした領域にも商品を投入していける協業になることを期待したい。

(特別編集委員 小室祥子)