「EVオンリー」からの軌道修正は、自動車メーカーの脱炭素戦略にどう影響するのか…

 欧州連合(EU)が内燃機関を搭載した新車の販売を、カーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)な合成燃料「eフューエル」の使用を条件に、2035年以降も認める法案を承認した。自動車の脱炭素化を巡り電気自動車(EV)一辺倒だったEUが、ドイツなど複数の加盟国の反対によって内燃機関の存続を容認した形だ。EVシフトを主導してきたEUの軌道修正は、自動車産業の脱炭素戦略にどう影響するのか。

 EUは2050年のカーボンニュートラル達成に向け、35年以降は乗用車と商用バンの新車販売を事実上、EVや燃料電池車(FCV)に限定し、ハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)を含む内燃機関搭載車の新車販売を禁止する方向で準備を進めてきた。22年10月には欧州委員会、欧州議会、EU理事会で最終合意し、今年2月14日には、欧州議会が賛成多数で法案を採択。理事会での法案承認を残すのみとなっていた。

 最終盤になって反対を表明したのは、ドイツやイタリアのほか、内燃機関車への依存度が高いポーランド、ブルガリア、チェコなどの東欧諸国だった。ドイツはeフューエルを使用する場合に限り、内燃機関搭載車の販売を認める案を提唱。これにイタリアなどが同調し、EUはドイツ案を認める形で法案を最終承認した。

 環境規制をリードしてきたEUの動向は、欧州域外の自動車業界からも注目されてきた。35年以降の内燃機関車販売禁止という極端な政策に対しては、欧州内でもその実効性に懐疑的な見方があったものの、欧州メーカーは政策方針に則り、EVへの投資を加速させてきた。欧州は今や、中国と並ぶEV化の中心地となっている。

 EUが内燃機関車を容認したことについて、自動車の環境・エネルギーに詳しい早稲田大学の大聖泰弘名誉教授は、「技術中立の考え方に少し戻ってきたという印象を持った」と話す。EVは走行中の二酸化炭素(CO2)排出はゼロでも、電池製造時や100%再エネ以外の発電ではCO2の排出があり、ライフサイクルでみれば完全なCO2ゼロとは言えない。EUの軌道修正は、「この技術はダメというのではなく、CO2削減に有効かどうかで決めるべきであり、可能性があるなら技術開発を続けるべき」(大聖氏)という考え方に近づいたと言える。

 そもそも、EUがEVに舵を切った背景には、15年に発覚したフォルクスワーゲン(VW)のディーゼル排ガス不正がある。ディーゼルによるCO2削減に失敗した欧州は、日本車の後追いとなるHVを避け、一気にEVに飛ぼうとした。しかし、欧州にはもともと電池の独自技術や資源はなく、蓋を開けてみれば中国や韓国の電池メーカーに頼らざるを得ない状況が明らかになった。

 大聖氏は、「いつもそうだが、欧州委員会は高い理想を掲げ『こうでなければいけない』という決め方をする」と言う。しかし、電池のコストや資源調達に絡む問題もあり、EVだけで世界中の自動車のカーボンニュートラルを達成することは難しいというのが自動車業界の共通認識になりつつある。加えて、裾野の広い自動車産業では、EV化によって失われる雇用の問題もある。ドイツが内燃機関禁止に反対したのは、「合成燃料(eフューエル)が注目されてきたことも背景にあるが、内燃機関の技術を守りたいという意向があった」(大聖氏)ためとみられる。

 自動車業界の中では、EVシフトのスピードはこれまで予想されていたよりも緩やかになるとの見方が広がっている。KPMGが世界の自動車メーカー、サプライヤーの経営トップを対象に22年10月に行った調査によると、主要市場の30年までのEVシェアの予想は、6カ国・地域平均で21年調査の50%程度から20%程度へ大幅に低下した。西欧も例外ではなく、21年調査の49%から24%に半減している。

 理由についてKPMGでは、「電動化に対して消極的になっているわけではないが、各地域の電動化のスピードや、そこに対して商品をどう準備していくのか具体的な検討をする中で、より現実的な比率に落ち着いてきたのではないか」(KPMG FASの中澤徹ディレクター)と分析している。

 実際、EUの新車販売台数では、ディーゼル車の減少分を分け合う形で、EVだけではなく、HVのシェアも上昇している。欧州自動車工業会(ACEA)によると、23年2月の新車販売に占めるHVのシェアは25・5%、EVは12・1%と、それぞれ前年同月に比べ2㌽あまり上昇した。東欧諸国ではガソリン車のシェアが依然として高く、EU全体として、ガソリン車のシェアはディーゼル車ほどは落ちていない。需要の実態に照らせば、EVやFCVの推進と同時に、燃料側の脱炭素化技術も排除できない選択肢と言える。

 eフューエルは、太陽光発電など再生可能電力による水の電気分解で生成する水素と、大気から回収する二酸化炭素(CO2)を合成してつくる炭化水素のことだ。ガソリンや軽油と似たような液体燃料をつくることができ、既存の内燃機関や燃料供給インフラを使うことができるメリットがある。燃焼させればCO2を排出するが、「DAC」(ダイレクト・エア・キャプチャー)という方法で回収する大気中のCO2を原料とするため、カーボンニュートラル燃料とみなすことができるとされている。

 その最大のメリットは利便性だ。常温で液体であるためエネルギー密度が高く、運搬もしやすい。航空用や船舶用、あるいはトラック・バスなど、電動化が難しい大型の輸送機器の燃料として特に期待されている。ノルウェー、フランス、スペイン、ドイツといった欧州のほか、米国、カナダ、チリ、そして日本と、世界各地で技術開発や実証プロジェクトが行われている。EUが自動車用での使用を認めたことで、実用化に向けた動きが加速する可能性がある。

 もっとも、eフューエルが自動車用として使えるようになるかどうかは、まだまだ検証が必要だ。大きな課題の一つが、現状ではガソリンの3倍以上とも言われる価格だ。コストの大半を占める水素を、いかに安く製造するかが最も大きな課題とされている。

 eフューエルが本当にカーボンニュートラルかどうかも検証する必要があると大聖氏は指摘する。eフューエルはCO2の回収や、CO2の一酸化炭素(CO)への還元でエネルギーを消費する。さらに、水素とCOからeフューエルを合成する際にもエネルギーのロスがある。「大幅なコスト低減だけでなく、製造過程も含めたライフサイクルアセスメントで、本当にカーボンニュートラルかどうかを実証する必要がある」という。

 日本の自動車業界では、EUの内燃機関容認を好意的に受け止めている。特に走行距離や電池の重量がEV化のネックになる大型トラックやバスの場合、内燃機関を使い続けられるeフューエルが実用化されれば、脱炭素化の選択肢が広がる。いすゞ自動車の南真介社長は、「eフューエルはまだ研究段階のものではあるが、エンジンを生かすことができるので歓迎だ」と話す。大平隆専務執行役員も、「技術としての一つの答え。準備していく必要はある」と話す。ただ、「どれだけ(自動車に)回ってくるのか分からない」(大平氏)など、十分な生産量が確保されるのかどうかも課題になる。

 化石燃料に代わる夢の液体燃料になるかどうか、結論を出すにはまだ時間がかかるのがeフューエルと言える。EUに限っては、35年以降発売の内燃機関車で100%eフューエル使用をどう担保するのかもこれからの検討になる。一方、内燃機関はコストも技術も熟成されており、うまく使い続けるメリットは少なくない。EVへの投資は続ける一方、内燃機関をどう位置付けていくのか、EUの軌道修正は、世界の自動車メーカーそれぞれの戦略にも影響を与えそうだ。

(小室 祥子)