TSはパッド交換やアンダーフロア脱着などレースに重要な作業も担う
56号車は「その場を常に全力で戦う」をポリシーに掲げる

 日産自動車が2019年にレースチーム「コンドーレーシング」などとスタートした「日産メカニックチャレンジ(NMC)」。日産の販売会社のテクニカルスタッフ(TS)が、自動車競技「スーパーGT」の「GT300」クラスにメカニックスタッフとして加わることができるもの。参加を希望する販社も年々増えており、TSの技術だけではなく、モチベーション向上の役割も果たしている。国内最高峰のレースの舞台での経験は、販社での整備士の定着や採用活動にもつながっている。

 TSのレース参加は開催週の月曜に始まる。マシンの整備を手がける工場でメンテナンス方法やレースに向けたルールなどのレクチャーを受け、金曜にサーキットに入る。週末にかけてのレースでは、タイヤメンテナンスやホイールアライメント調整など、マシンのセットアップをチームメカニックの指導を受けながら、プロと同等の作業を行っていく。

 〝レース素人〟のTSの参加には「リスクないわけではない」と、チームマネージャーの秋山浩一氏は言う。コンマ1秒を争う勝負の世界では、「乗用車で許容範囲のタイヤ空気圧のわずかなズレも、レースではドライバーの命に直結する」からだ。しかし、通常業務では得られない体験だからこそ、「個人や販売会社のレベルアップにつなげてもらえれば」とTSをチームに受け入れている思いを明かす。

 8月6、7日に富士スピードウェイ(静岡県小山町)で開かれた第4戦には、関東近郊の販社から10人のTSがチームに加わった。参加TSからは「100分の1単位の数値でマシンを調整しており、コンマ1秒を削るすごさを感じた」(日産プリンス埼玉の石塚光大さん)や「ジャストな数値までにかかる調整時間の短さには驚かされた」(日産プリンス千葉の鈴木拓馬さん)などの声が上がり、普段の業務では体験できない貴重な時間を過ごしていたようだ。

 レースのプロの技術を目の当たりにし、自らの作業を見つめなおす機会にもなっている。「ちょっとのミスが大惨事につながる中で、急いで作業する中でも慌てずにこなしている。安全に対する意識は日常業務でも同じだと感じた」(千葉日産の折笠郁弥さん)としたほか、「マシンの調整データを随時記録して(走行後などの)確認につなげていた。データ取りの重要性を認識するとともに、12カ月点検などにも生かせるのでは」(新潟日産の本間直樹さん)など、販社に持ち帰って生かせる体験ができたTSが多かった。

 一方、TSの参加は受け入れたチームのメカニックにも刺激を与えている。秋山氏はNMCをきっかけに、「従来以上に高いプロ意識を保つことができている」とし、「チームのレベルアップにもつながっている」と打ち明ける。また、チームでNMCを統括する土田博之氏も「職人気質で人に教える機会が少ないチームメカが、誰かに説明することで知識の整理にも役立っている」と見ている。土田氏は今後も「チームメカがすごいと思われる存在であり続ける」ようにレベルアップを図っていく考えで、TSとの交わりで生まれる高い相乗効果の維持につなげていく考えだ。

 近藤真彦監督率いるコンドーレーシングの22年シーズンは、開幕戦を優勝で飾り、第4戦終了時点のポイントで、ドライバー、チームランキングともに首位を維持している。NMC2年目の20年には年間チャンピオンを獲得している。