日野自動車が少なくとも2003年以降の約20年にわたってエンジン認証にかかわる不正を行っていたことが明らかになった。背景にあったのは成長を追い求める中で、現場の声なき声を吸い上げる企業風土や仕組みが確立されていなかったことだ。

 特別調査委員会(榊原一夫委員長)が発表した報告書によると、これまで不正は16年秋以降に行っていたとしていたが、実際は03年導入の新短期規制が適用される前から行われていたことが発覚。不正の対象台数はポスト新長期規制が始まった09年以降だけで56万6千台と3月の発表台数の約5倍に膨らんだ。

 日野で不正行為が始まったと認定された時期は、国内でディーゼル車の排出ガス規制が強化された時期と重なる。03年新短期、05年新長期と窒素酸化物(NOX)、粒子状物質(PM)の規制値が相次いで大幅に強化されることになり、大型車メーカーが対応に追われていた。特にPMの規制強化が厳しく、相反関係にあるNOXと同時に除去するには、エンジンの制御の高度化やディーゼル微粒子除去装置(DPF)などの専用装置が必要だった。不正を行っていたパワートレーン実験部を含め、日野の開発現場にも大きな負荷がかかっていたとみられる。

 日野で不正が起きた背景には何があったのか。小木曽聡社長は報告書の結果を受けて「2000年ごろから規模や量の拡大を重視し、仕向け地や車種の拡大を推し進めた結果、現場に余力がなくなり、品質やコンプライアンス、人材育成が後回しになってしまった」と語る。

 日野は1999年3月期に上場以来初の営業赤字に転落。2001年にトヨタ自動車の子会社となり、業績回復を果たすととともに、海外への販路拡大や車種のラインアップの多様化など事業拡大を進めてきた。その結果、1999年3月期に4322億円だった売上高は2004年3月期に約1兆円となり、19年3月期には約2兆円にまで拡大した。

 一方で、古河工場への移転計画、大型トラック及び中型トラックの同時全面改良といった事業計画などもあり、リソース不足は深刻化していた。「これ以上に仕事が増えないように」(従業員A)と部署ごとのセクショナリズムが強くなり、「(部署間に)三遊間が生まれた」(従業員B)と連携不足により、業務効率がさらに低下していったという。

 こうした中で「言ったもの負け」(従業員C)などと前年踏襲を良しとする企業文化が形成され、今回のような不正の実態が長年にわたって続くことになった。アンケートの中には上の意向に従って現場の問題に目を向けない人が出世し、マイナスの企業文化がより色濃くなっていく負のスパイラルを指摘する声もあった。特別調査委員会は「どこの企業も人事制度は不満の声が寄せられるが、その回答結果からは企業風土の一端が垣間見える」と指摘する。

 親会社であるトヨタについて、小木曽社長は「特にディーゼルエンジンは、乗用車とほとんど共通点がないため、トヨタと人事交流がほとんど無かった」という。

 日野は委員会の報告の結果を踏まえ、再発防止策を進めるとともに3カ月以内に体質改善に向けた具体策を策定し、早期にその計画を遂行していく考えだ。

 他方、リソース不足は自動車業界全体に共通する問題だ。16年4月の三菱自動車の燃費不正が発覚以降、日産自動車やスバル、スズキ、今回の日野と不正が相次いで発覚した。電動化や自動運転と次世代技術の開発競争が激化する中、開発部門の負担は一層高まっており、自動車業界全体で自社の職場環境を今一度見直す必要がありそうだ。

(水鳥 友哉)