アクティトラック

 ホンダの「アクティトラック」が2021年に生産を終えることになった。後継車種の投入予定はなく、創業者の本田宗一郎氏がホンダ初の四輪車「T360」を発売して以来、約60年にわたって農家や漁業を支えてきた軽トラック事業の幕が閉じることになる。今月18日には本田技術研究所の四輪商品開発機能を本社に移管することも発表した。宗一郎氏が残したホンダが時代の節目を迎えている。

 二輪車メーカーであったホンダは1963年にT360を発売し、最後発で四輪車事業に参入した。同時開発していたスポーツモデルとエンジンを共用したため、軽トラックとしては異例の高回転・高出力型エンジンを搭載して誕生した日本初のDOHCエンジン搭載車だった。

 77年にはT360の後継車「TN360」に代わる車種として初代アクティトラックを投入し、2009年にT360から数えて7代目となる現行モデルを発売。「農道のNSX」といわれるようにミッドシップエンジン・リアドライブ(MR)レイアウトの採用などによる走行性能の高さで存在感を示してきた。

 しかし、足元の販売台数は1万5268台(19年1~12月)と競合車種と比べると低迷。現状の販売規模や市場動向を考えると、今後厳格化される各種規制に対応するには採算が見込めず、ついに生産を終えることを決めた。

 T360は宗一郎氏が直接開発に関与した車で、四輪車の原点。また、研究所も1960年に宗一郎氏が立ち上げた組織だ。軽トラック事業の撤退や研究所の再編は、ホンダのアイデンティティが失われるという見方もできる。

 ただ、アクティトラック生産終了の判断の中ではホンダらしさも垣間見えた。OEM(相手先ブランドによる生産)による商品補完という選択を現時点で避けたことだ。「軽トラはホンダの原点。将来的には分からないが今はまだその段階ではない」(ホンダ幹部)。販売店から商品補完を求める強い声があったことは承知の上で、OEMに頼らずに自前での商品開発にこだわるホンダらしさを貫いた。生産終了後は当面、「N―VAN」を活用し、顧客の流出を可能な限り防ぐ。

 軽トラック事業が苦戦しても、時代の流れの中で研究所に弊害が生まれても、ホンダはこれまで宗一郎氏の〝形見〟を守り抜いてきた。しかし、急速な時代の変化に対応していくには姿を変える必要もある。モビリティサービスや自動車技術の高度化が進む中、新体制でホンダならではの価値を提供していく考えだ。(水鳥 友哉)