ホンダが四輪事業を再編する。本社から分離した本田技術研究所で車両開発を行うことで独創的な商品を次々と世に送り出してきた一方、開発と生産が分かれることの効率の悪さが課題となっていた。世界市場の低迷と次世代技術への対応で事業環境が厳しくなる中、四輪開発事業を本社に統合し、より効率的な開発体制へと舵を切る。これにより収益力を高める狙いだ。

 「成功は99%の失敗に支えられた1%だ」―。カリスマ創業者として今も語り継がれる本田宗一郎氏の言葉が示すように、本田技術研究所は車両開発を本社から切り離して行うことで目先の業績に左右されることなく自由に研究開発できる環境を実現するために立ち上げられた。米排ガス規制の通称「マスキー法」を最初にクリアした低公害エンジン「CVCC」や低速トルクと高速のパワーを両立する「VTEC」、日本で初めてエアバッグを搭載した「レジェンド」をはじめ、二足歩行ロボット「アシモ」も生み出した。世界の自動車メーカーの中でも研究開発部門を別会社とするのは稀有なケースで、それがホンダらしさを生み出す源泉でもある。それ故に現社長の八郷隆弘社長を除いて伝統的に研究所社長経験者がホンダの社長を歴任してきた。

 一方、こうした体制は開発から生産に至るまでの工程で非効率な面もあった。研究所で作った図面を基にホンダは部品購買や生産に着手していたが、実際量産に至るまでは擦り合わせに工数がかかる傾向にあった。電動パーキングブレーキ(EPB)の不具合で生産停止となった「N―WGN(エヌワゴン)」では、別会社である開発部門と購買部門との連携が問題視された。

 研究所を分社化した1960年当時と比べ、商品開発のあり方も変わってきた。研究所立ち上げ当時、ホンダにとって四輪車へ参入することはまさに未知の領域であったが、技術主導でヒット作を生み出したことで世界で業容を拡大してきた。ただ、リーマンショック後は経営状況が厳しくなり、研究開発も選択と集中も求められるようになった。折しも、ハイブリッド技術の開発にリソースを集中していたため、車両開発に多くの工数を割けない厳しい状況が続いた。

 こうした中、商品開発から生産までを一気通貫で行ったのが軽自動車のNシリーズだ。社内で「SKI(鈴鹿・軽・イノベーション)」と呼ぶ取り組みでは、鈴鹿製作所で開発から部品調達、生産、営業を一括で行うことで効率化を進めた。

 SKI第1弾として13年に初代エヌワゴンを投入して以降、他モデルとの部品共有化や生産ラインの適正化も進め、収益性を高めることに成功した。さらに商品改良のリードタイム短縮といった成果も表れている。

 4月1日付の四輪事業再編ではSKIでの成功事例を下敷きとし、全車種において開発から生産まで一貫したオペレーションに切り替えていく考え。研究所は昨年4月にも大幅な体制変更を行っており、二輪開発についてはすでに本社に統合している。先行する二輪車では「統合効果の成果が出てきている」(担当者)と言い、二輪車に比べて利益率が低い四輪車でも採算性を高めていく考えだ。