人工知能(AI)による第4次産業革命が始まった。自然言語で対話する生成AIや、人に変わってタスクをこなすAIエージェント、周辺の状況に対応して柔軟に作業するフィジカルAIなど、AIがさまざまな業務を24時間休みなく作業してくれる環境が整いつつある。「AIを使いこなせない企業は淘汰される」と、企業はAIの活用を加速する。先行する米国のテック企業ではAIの活用で不要になった人員削減が進む。AIの活用に遅れ気味の日本の自動車産業も導入への動きを見せてはいる。競争力の強化と雇用確保の選択を迫られる日は近い。
昨年10月に幕張メッセ(千葉市美浜区)で開催されたデジタル技術の見本市「シーテック2025」のオープニングセッションに参加したホンダの三部敏宏社長は、三菱電機のブースを訪問。言語モデルを使って自律的な作業や作業者とやり取りする「AIで自律的に進化する未来の工場」に興味深々の様子で、三菱電機の漆間啓社長に「人が行っている作業を、どこまで自動化できるのか」などを熱心に聞いていた。
AIは急速に進化している。業務効率化やコスト削減、高精度な予測など競争力強化につながる。AIの「信頼性」などを疑問視し、これまでAI活用には消極的だった日本の自動車業界もAIを活用しないリスクを感じて前向きに取り組み始めている。
スズキは昨年7月、相良工場(静岡県牧之原市)の組立ラインに、AIによる作業分析や、作業ミスをリアルタイムに検出して不良品の流出を防止するシステムを導入した。同社の「スマートファクトリー構想」の一環で、今後、国内工場に順次導入していく。スズキの市野一夫専務役員は「AIを活用して熟練作業者の高度な技能を効率的に新人へ伝承する技術に大きな期待を寄せている」としている。
自動車部品などの生産ラインで、AIカメラを使って最終製品を品質検査し、不良品の流出防止や検査員の負担軽減を図っている部品メーカーは増えている。自動車や部品の設計・開発の現場でもAIの活用が広がっている。いすゞ自動車は昨年、将来のAI活用を見据えて、社内のデータを一元管理する共通基盤を導入した。AIを業務に活用するには、良質なビッグデータが必要不可欠となる。
経営再建中の日産自動車はグローバル本社(横浜市)の売却を決定した。「売却益はAI主導のシステム構築やデジタル化の推進で、イノベーションと成長に向けた投資を確保する」(イヴァン・エスピノーサ社長)方針だ。AIの活用に遅れると競争力が低下するとの危機感は自動車産業の経営者の共通認識になりつつある。
ただ、AIの進化のスピードははるかに速く、投資の規模も大きいことから、自動車産業は追いついていない。KPMGが自動車業界の経営者を対象に実施した「グローバル自動車業界調査2025」によると86%が「AIや先端技術に投資している」と回答したものの「十分に投資できている」との回答は20%にとどまった。
調査で、AIなどの先端技術へのこれまでの投資で最も期待した効果は、グローバルでは「システム連携強化」「市場競争力の強化」が多かった。日本は「社員の生産性向上」が突出している。少子高齢化で労働力不足が懸念される中、国内の製造業ではAIを使っての製造ラインの自動化に期待している。
現在も自動車や部品の生産工場では、溶接工程などの単純作業をこなすロボットが活用されているが、自動車組立ラインの大部分は人が担っている。しかし、フィジカルAIが製造現場の変革を加速する可能性がある。AIが周辺の環境に柔軟に対応してロボットを自律的に制御する技術で、製造ラインで従来、人でしかできなかった工程をヒト型ロボットなどが作業できるかもしれない。労働力不足を補うどころか、無人の工場が実現する可能性もゼロではないとされる。
AIに人の仕事を取って代わられるのは製造部門に限らない。研究開発や間接業務にAIエージェントが活用され始めている。住友ゴム工業はNECと、タイヤに求める性能を実現するため、必要な材料の組み合わせや配合を導き出すAIエージェントを構築した。すでに市場投入している高性能なプレミアムタイヤで検証したところ、実際に採用した材料や配合を短時間で導き出すことに成功した。
このAIエージェントには住友ゴムの熟練開発者が持つデータも学習させており、独自のタイヤ開発に生かせるという。住友ゴムはAIの活用による開発プロセスの高度化と効率化を確認できたことから、今後のタイヤ開発にAIエージェントを本格的に活用していく方針。住友ゴムの水野洋一常務執行役員は「AIの活用は、不足している技術者を補うのに有効」と、期待する。
テック企業を中心にAIエージェントの活用が広がる米国ではホワイトカラーの人員削減が加速している。コールセンター、報告書作成、経費精算、人事など、企業のさまざまな業務をAIエージェントが代行できる。例えば購買部門なら製造しているメーカーの状況、製品、価格、品質などに関するそれぞれ専門のAIエージェントがデータを持ち寄り、指揮役の「AIオーケストラ」が最適な調達先を選定して、発注までこなすことが可能だ。
自動車メーカー各社が開発に注力しているソフトウエアで機能を実現するSDV(ソフトウエア・デファインド・ビークル)は、電子制御ユニット(ECU)を統合することで実現するが、制御システムが大規模化、複雑化する。このため、ソフトウエアエンジニアの獲得競争も激化してきたが、ここにきて収まりつつあるという。SDVの複雑なコードをAIがプログラミングできるためだ。フォード・モーターのジム・ファーリー最高経営責任者(CEO)は昨年6月のイベントで「AIは米国のホワイトカラーの半分を置き換えることになるだろう」との見方を示した。
ボストンコンサルティンググループが昨年11月に発表したグローバル調査によると、35%がAIエージェントを導入済みで、44%が近く導入すると回答した。また、AIエージェントの活用で45%が「中間管理職を削減する」とし、29%が「新入社員向けの職種を減らす」としている。
AIに仕事を奪われかねない状況を、日本の若者も敏感に感じ取っている。日本全国で高速バスを運行するウィラー・エクスプレス(平山幸司CEO、東京都江東区)は深刻化しているバスのドライバー不足に対応するため、高校生をターゲットに採用活動を展開してきた。しかし、大学生の新卒予定者からの問い合わせや応募が急増。大型二種免許の取得枠の確保が難しいことから今年度の募集を打ち切った。平山CEOは「将来もAIにとって代わられる心配の少ない肉体労働や接客業を目指す若い世代が増えている」という。AIが運転を制御する自動運転バスは短距離の路線バスで社会実装が進むが「ドライバーが無人で自動運行する高速バスは乗客が受け入れないだろう。実用化されたとしても最後では」(平山CEO)と見る。
AIに出遅れると競争力が低下するという恐怖感から企業はAIへの投資に重点を置きはじめた。経営者や従業員を取り巻く環境も大きく変化する。ただ、マサチューセッツ工科大学(MIT)は昨年8月、AIへの投資を本格化している企業経営者らに衝撃を与えるレポートを公表した。経営者150人に対するインタビューで、AIに投資して十分なリターンを得ている企業は5%で、95%が無駄な投資に終わったという。
業務効率向上や、研究・開発リードタイムの短縮、新しい事業領域の開拓などをAIによって実現できる可能性はある。しかし、単にAIを業務に採り入れるだけで狙った通りの効果を出すのは困難だ。特に自動車業界で目立った成功事例は知られていない。AIをどう活用し、競争力を強化していくのかを実現できない経営者は、その席をAIエージェント役員にとって代わられることになる。
(編集委員・野元 政宏)



















